ワクワク☆吉利『もっとはやく人間になりたい』

日記。絵日記。エッセイ。漫画。小説。つぶやき。おやらかし珍道中。旅日記。ゲーム。突撃潜入。実験。その他もろもろ。よろずな内容でお送りする馬鹿ブログ、馬鹿日記です。

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「リバイバル映画を二人で観に行こう。待ち合わせは二時。桜の木公園で」



 何の気紛れか、定年間際な夫の朝食時の発言によって、私は一人、花見をするはめになった。夫が約束を守らなかったのだ。
 だが、いつものことだったので私は大人しく待ち――結局一時間弱も待った。
 やっと現れた夫は、詫びもしないでただひたすらに私を急かした為、幸か不幸か夜の上映時間には間に合い、こうして暗い部屋の中で肩を並べることになった。

 固い背もたれにふんぞり返った夫は、瞳を輝かせて銀幕を凝視しているが、私は映画を楽しむ気分になれなかったので虚空を見つめてぼうっとしていた。





 何だか、とても悲しかった。




 待たされたことが悲しかったのではないと思う。何故なら、この身勝手で亭主関白な夫とは三十年も連れ添っているのだ。いい加減私自身慣れる、諦めるというものだろう。




 それなら、何故私はこんなにも……傷ついているのだろう? 




 自分でも分からない。
 けれども私はとても大切な約束を誰かとして、そしてその約束が守られなかったような、そんな苦い思いを味わっていた。

 自分で思っている以上に、私はいつもいつも自分勝手な夫の行動に傷ついていたのかもしれない。そう思って隣を睨んでやったが、夫は映画に夢中なようで私の視線に気付かない。腹が立ったが、そんなに面白いのかとも興味が湧き、私もスクリーンに目をやる。



 とても古い作品なのだろう。時々黒い線がちらちらとする、白黒の映画だった。

 舞台は雪国のようで、画面は圧倒的な白で埋め尽くされている。そんな白い世界に、男と女が何やら囁きあっている。愛の告白のようだ。



  食い入るように観るほど面白いものではない……と思うのだけれど。



 しかし夫は銀幕に穴でも開けるつもりなのか、目を皿のようにして前を見つめている。




 もう家に帰りたい。



 
 正直、私は夫にも映画にも辟易していたのだが、こうして映画館に居る今、帰りたいと言っても聞き入れられないことは明白だったので、絵を見るように私は白に支配されている銀幕を眺めた。
 泣き出しそうな気持ちで見ることしばし……一体それから何分、何十分経った頃だったか。不意に銀幕の隅に赤い物が現れた。


 初めはフィルムにゴミでも付いているのだろうと思っていたのだが、そうではなさそうだった。



 それは何故か現れてからずっと左右に揺れているのだ。



 不思議に思ってじっと見つめていると、それは徐徐に大きくなっていき、最終的に小指の先くらいになった。

 そうなって初めて私はそれがただの赤い点ではなく、雪原の地平線に佇む誰かの手に嵌まった赤い手袋なのだと気付いた。気付いた瞬間、私は思い出した。

――十歳まで、私は雪がよく降る町に住んでいた。


 雪道を上手く歩くことも、真っ白い世界で遊ぶことも得意だった。けれども私はあの町を引越さなければならなくなり、それがどうしても嫌だった私は……私は?
















「僕の名前は冬輝。ふゆきだよ」











 鮮やかに甦る、少年特有の澄んだ高い声。

 そうだ。樹氷が出来る所を見られたら何でも願いが叶う、と言う他愛も無い子供の噂を信じ、私は夜遅く家を抜け出したのだ。そして何故か自分の暮らしていた町で迷子になった。

 その時私を助けてくれたのが冬輝だった。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学
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